ハラハラと散り急ぐ、満開の桜並木。
その根元では、どこか物憂げな桜の気持ちなどお構いなしにお祭り騒ぎが繰り広げられていた。
そこかしこに連なる屋台からは胃を刺激するような香ばしい匂い。
敷かれた御座の上には酒で真っ赤になった酔っ払い。
未だにネクタイを鉢巻代わりに頭に巻いて一気飲みをしているようなオメデタイヤツもいる。
だが、この不況の時代たとえ一時でも楽しくなれるのなら、物憂げな桜には多少目を瞑ってもらっても撥は当たらないのかもしれない。
なんにせよ、桜が満開のこの公園は浮かれきった花見客で溢れ返っていた。
しかし、そんなお祭り騒ぎの中、ある一角にだけは不幸があったかのように沈みきった空気が流れていた。
実際その場にいた人間にとっては不幸以外何物でもなかった。
しかも自分達のほんの少しの悪戯心がその不幸を招いたのだから、やはり自業自得と言わざるを得ない。
(まさかこんなことになるなんて・・・・)
一人を除いて残りの人間は皆そう思っていた。

「―――大体ねぇ・・・。いつまでそんな生活続けている気ですか?大方の女性には遊ばれているんだって事に気付いてるんですか?そろそろ一人に絞ったほうがイイと思いますけどねぇ」
言われたほうは頬の辺りが明らかに引き攣っている。
だが言ったほうの人間の方があまりにも頭の回転も肉体的にも強いため何も言い返せないようだ。
多少、図星の所もあったのも、言い返せない原因のようだったが。
「それと――――」
今度は矛先と、鋭い視線の方向を変え、手にしていた透明の液体の入ったコップを一度煽ると口を開いた。
「バイクもいいですけどね、もう少し副会長としての仕事も真面目にやってもらえませんか。いつも僕ばかりが矢面にたたされて・・・この間だって・・」
「あ、あぁそうだな。うん、いつも悪いとは思ってるよ。今度からは、ちゃんとやるから。でさ、お前ちょっと飲みすぎじゃないか・・・?もうさ、ほらこっちの烏龍茶飲めよ、な?」
今度の矛先になった魅録は大して痛くも痒くもないところだったのだが、飲ませすぎた事を一番に後悔していた。
というより、まさかココまでこの男が酔うとは思っていなかったのだ。
鉄壁の仮面を付けるこの男の素を見たい。
皆のその意見に面白そうだと同調し、酒が強いと自他共に認める自分でさえ滅多に飲まないようなアルコール度の高い酒をガンガン勧めたことに、責任と今後の事に恐れを感じていた。
「飲みすぎ?誰が飲ませたんですか。ま、飲み過ぎと言われるほども飲んでいませんがね。こんなきつい酒、飲みすぎなんてほど飲んだら、いくら僕でも酔っ払ってしまいますよ」
平然とそう言いきる男は紛れもなく酔っ払っていた。
「そんなことより、昨日―――。悠理、どこ行くんですか」
標的になれば誰よりも説教を食らうことが目に見えている人間―――悠理はこっそり立ち上がったところを手を引かれて止められた。
「ト、トイレに・・・行こうかなぁ・・・なんて・・・」
額に汗が滲む。
「トイレ?さっきも行ったでしょう・・大体人が話をしている時に席を立つだなんて」
ぐいっと手を引かれその場に腰を落とさせられる。
「悠理はここにいなきゃいけません」
手を握ったまま、また酒を煽る。
「ここにって・・・」
悠理はいつも以上に鋭い視線に射竦められ、仕方なく隣に腰を落ち着けた。
「清四郎、もうそろそろ控えたほうがよろしいんじゃなくて・・・?」
いつもの強気な幼馴染でさえ、冷や汗たっぷりにそれでもやんわりとコップを取り上げようとした。
「控える?控えるもなにも、さっきからこの一杯しか飲んでませんよ」
と言いながら、それは既に七杯を越していた。
「野梨子、何も言うな。今のコイツは尋常じゃない」
悠理は小声でこっそりとその幼馴染に忠告した。だが、酔っ払っていても所詮少人数。小声だろうとなんだろうと、聞こえるもんは聞こえるのである。
「悠理、それはどういう意味ですか」
「な、何が?」
「僕が尋常ではない?僕はいつだってまともですよ」
「・・・・・・そうじゃないから言ってんでしょ」
「か、可憐!」
追い討ちをかけるように呆れた声で言い放った可憐に、清四郎以外全員が非難の目を向けた。
「ホントいい加減にしなさいよ。何が一杯しか飲んでません、よ。瓶見て見なさいよ、半分以上減ってるでしょうが!それに、いつまで悠理の手握ってる気?あんたそれじゃただのセクハラ親父じゃない。そんなに力いっぱい握んなくても逃げやしないわよ」
言葉どおり、清四郎は手の甲に筋が立つほど悠理の手を力いっぱい握っていた。
悠理も痛そうに顔を歪め、手を離そうと、腕をゆすっていたのだ。
「逃げない?どこにそんな保証があるんですか。悠理には言いたい事が山ほどあるんですからね、ここで逃がすわけにはいきませんよ」
にやりと口端を上げ、更に酒を煽る。
言われた悠理の方は思い当たるところが多すぎて、その言葉に青くなった。
「せ、清四郎・・今日はせっかくの花見なんだからさ・・・もっと楽しく飲もうぜ・・?」
上目遣いに言ってみるのだが、相変わらず手を離そうとも、酒を離そうともしなかった。
「僕は楽しいですよ。十分ね」
完全に据わりきった目つきで皆を楽しげに見渡しながら酒を煽っていく。
そんな様子に魅録は溜息を一つつくと、ポンと膝を打った。
「わかった、飲め、清四郎。今日はとことん付き合ってやるよ」
「え!何言ってんだよ、魅録〜」
横にいた美童が、驚いたように魅録を見た。
可憐も野梨子もそして悠理も目を見開いている。
「ま、いいじゃねーか。こいつがここまで酔うこともあんまりないんだしさ。ほら、清四郎注いでやるよ」
「僕は酔ってませんよ」
不満そうにそう言いながらも、コップを差し出す。
並々と注がれた酒を美味しそうに飲む清四郎を見て、魅録は気付かれないように口端を上げた。
「どういうつもり?」
清四郎を気にしながら美童がそっと魅録に耳打ちする。
「もうこうなったら何言っても無駄だからな。だから逆に飲ませて潰しちまおうと思ってさ」
「あ、なる程・・」

―――とはいったものの、嫌味風味たっぷりの説教は例え自分の向けられたものでなくても聞いてて楽しいモノではない。加えて、周りの席ではバカ騒ぎが佳境に入ってきている。
そんな世間の宴を横目で見ながら、清四郎が潰れるのを皆祈るような気持ちで待ち続けた。
そしてその祈りは魅録が酒を勧めてから、約二時間後、そろそろ酒が文字通り瓶の底を付こうかという時、漸く通じた。
いい加減みんなの我慢に限界が近付いてきた頃、徐々に清四郎の言葉が切れ切れになってきたのだ。
「だから・・・わかって・・るん・・・ですか・・・」
「うん、うん」
やっぱり標的になっていた悠理はあれからずっと手を掴まれたままだった。酔っ払いに本気で逆らったところで、暖簾に腕押しなのは目に見えている。
おまけに、普段からこと嫌味に関しては非道なほど痛い所を付いてくるのが上手い男である。悠理は今までの経験からして、こういう時は我慢が一番だと学んでいた。
「ですから、悠理は僕の傍に、いなきゃいけないんです・・・・」
「うん、うん。・・・・はい?」
その言葉に同情気味に聞いていた他のメンバーも顔を上げた。
「悠理には・・・僕がいなきゃ・・・いけないんですから・・・・」
言ってる本人は段々瞼が落ちかけてきている。
「悠理は・・ずっと僕の・・・・僕の隣にいれば・・・・」
そう呟くと、悠理に凭れる様に傾いていった。
さすがに他の面々もこれには驚いたようだった。目を見開き固まってしまった。
「せ、せいしろ?!」
当の悠理も突然の事に真っ赤になって押し戻そうとしたのだが、清四郎の方はそのままズルズルと倒れこんでいった。そして悠理の膝に落ち着くと、瞼を完全に落とした。
「あ!ちょっ、こら!清四郎!」
「・・・僕がいれば・・・いいんです・・・他の誰も・・・僕だけ・・・」
焦る悠理を他所に清四郎は呟くようにそう言うと、静かな寝息を立てて眠り込んでしまった。

「―――――今コイツなんて言った?」
呆然とする頭で魅録は呟いた。
「あたしには、悠理に告ってるように聞こえたけど?」
可憐が自信なさげに呟く。
「私もそうですわ。ただ、なんだかかなり偉そうでしたけど・・・・」
「でもこれじゃぁ、悠理にはってより・・・・・・」
四人が顔を見合わせ、そして当のふたりを見た。
悠理の膝で気持ち良さげに眠る清四郎は、先ほどまで絡みまくっていた酔っ払いとは思えないほど無垢な顔をしている。
そして悠理はといえば、真っ赤な顔をしながらも膝に眠る酔っ払いを凝視して固まっていた。
四人はまた顔を付き合わせた。
「もし、あれを美童、お前がやったら悠理はどうすると思う?」
「間違いなく、膝から叩き落されると思う」
「魅録、あんたでもそうなんじゃない?」
「叩き落されるということはなくても、きっと慌てて膝からは降ろすでしょうね」
「その前に身体預けた時点で蹴飛ばされそうだけどな」
「てことはだよ?」
「そうよね」
四人は、固まったままどうすることもできずにいる悠理を見てニヤリと笑った。

―――後日。
生徒会室には真っ赤な顔の悠理と、それを不思議がる清四郎。
そして、そんなふたりをニヤニヤしながら傍観する四人の姿があった。
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