Lunchtime
清四郎が、その重い扉を開けると、真っ青な空の下にいつもの見慣れた愛しい女の姿があった。
「悠理、どうしたんですか、こんなところで」
「あ、あ・・・・せーしろー」
珍しく頬を紅く染め、少し俯き加減の悠理の手には大きな風呂敷包みがあった。

3時限目終了直後の休み時間。
清四郎の教室に、今日も綺麗にカールされた髪をたなびかせ、心持楽しそうに可憐がやってきた。
「珍しいですね、可憐が僕に用事だなんて」
「まあね〜」
フフンと笑う可憐。
大体にして、朝からその態度はおかしいと思っていた。
何故か妙にご機嫌なのだ。それは他のメンバーも気付いていたようで、野梨子が「どうしたんですの?」と尋ねても当の本人は「べっつに〜」と笑うだけで何も話そうとはしなかった。
そして、様子がおかしいといえば、悠理もそうだった。
付き合い始めて三ヶ月。
皆には内緒にしているため、初めの頃こそ毎日のように様子は(自分も関係ある事ながら)おかしく感じたが、それも最近では漸く普通になってきていたのだ。
それなのに、今日に限ってまた付き合い始めた頃のように動きがおかしい。
視線が合っても恥ずかしそうに、逸らされてしまうのだ。
まぁそんな悠理をかわいいと思っているのだから、特に害はないのだが。
清四郎がいつの間にか悠理の事ばかりを考えてにやけていると、可憐も同じように口元を緩めた。
「今日の昼休み、屋上に来てくれない?」
「え?」 
「話があるの」
「話、ですか」
「そう、悠理の事でね」
清四郎にはなんとなく可憐の上機嫌の理由が分かった気がした。
要するにバレたのだ。
だが、もとより清四郎のほうには隠すつもりなどなかったのだから平然としたものだ。
「悠理がどうかしたんですか?」
「ま、来ればわかるわよ」
可憐はそう言うと、「じゃね」と言って教室に戻って行った。


俯いたままの悠理がたまらなくかわいくて、他に人目がないのを知ると抱きしめた。
「あっ、こら!清四郎!」
「なんですか?」
「こんなトコで・・誰か来たらどーすんだよ」
「誰も来やしませんよ」
悠理の髪に顔をうずめ、腕に力を込める。
「もう!仕方ないヤツだな」
そう言いながら悠理も清四郎の背中に腕を回した。
「で?」
「ん?」
「どうして、可憐にばれたんですか?やっとみんなに話す決心が付きましたか」
清四郎は少し身体を離すと、嬉しそうに悠理の顔を覗き込んだ。
「うっ・・・。それは・・・」
「それは?」
「こ、これ!」
悠理は身体を離すと、顔を真っ赤に染めもっていた風呂敷包みを差し出した。
「これ作んの教えて貰ったときにばれたんだよ!」
清四郎は不思議そうに悠理が差し出した包みを受け取った。
「随分重いですね。なんですか?」
「あ、開けてみればわかるよっ」
後ろを向き、怒鳴るように言う悠理にちらりと視線をやると、清四郎は包みを抱え、その場に座った。
「これは・・・」
「可憐みたいに綺麗じゃないけどさ。味は多分、大丈夫だと思うから・・・」
入れ物の蓋を取った音と共に振り返った悠理は恥ずかしそうに目を伏せて言った。
「悠理が作ってくれたんですか」
「ウン。や、やっぱ不味そう・・・だよな」
黙り込んでしまった清四郎に肩を落とす悠理の声は今まで聴いたどんな声よりも小さかった。
「悠理」
清四郎はお弁当を見つめたまま、悠理に隣に来るように「こっちへ来い」と手招きした。
悠理は付き合う前の頃のように酷い事を言われるのを覚悟して、半分涙目になりながらその横に立った。
「あ、あの、ほら・・・ちょっと作ってみようかなあとか思っただけだし・・・べ、別に食べなくても・・・」
「いいから座ってください」
「もう、ほら。蓋しちゃおうぜ。そんなずっと見なくていいよ。ちゃんとうちの料理長たちが作った弁当ももってきてるからさ、それ食べよう。な?」
「イイから座れ」
清四郎は悠理の手を引っ張り無理やり座らせた。
「な!なにすんだ・・・・!」
悠理が気付いたときにはその口は清四郎のそれで塞がれていた。
きつく抱きしめられ、勢いあまって押し倒されそうな程激しく求められる。
それでも膝の弁当が落ちないようにと手を添えていたのはさすがと言うべきか。
なんにせよ、離れたとき、思わず悠理は肩で息をついたほどだった。
「なにすんだよ〜。突然」
「言葉では現せないぐらい嬉しかったんですよっ!」
そう言ってもう一度清四郎は悠理を抱きしめた。
「食ってくれるのか?」
「食べないわけがないでしょ」
身体を少し離し、真っ赤になる悠理に清四郎は軽く口付けた。


食後誰もいない屋上で、ふたりだけの世界を堪能していたふたり。
だが悠理は、どこか優れない表情をしていた。
「なぁ・・」
「ん?」
胸元で小さく呟く悠理の顔を少し身体を離して覗き込む。
「可憐に言われてここ来たんだよな?なんて言われたんだ…?」
何故か泣きそうなその表情に、清四郎は眉間を寄せた。
「どうしたんです?僕たちのコトばれてしまったのを気にしてるんですか?」
フルフルと首を振る悠理に首を傾げる。
「だったら・・・」
「だって・・・」
清四郎は覗きこむように視線を合わせた。
「だって。可憐に言われてここに来たんだろ?」
「あぁ、そうですよ」
「可憐、理由言ったか?あたいが待ってるって言った?」
「いや?訊いても何も教えてくれませんでしたからねぇ」
「でも、来たんだ」
「は?」
悠理が何を気にしてるのかがさっぱりわからない。
清四郎は、身体を元に戻すと相変わらず顔を上げない悠理を見つめた。
以前にもこんな事があった気がする。
悠理が俯いたまま何も言わなくて、泣きそうで。
自分にはどうしてそんな態度になったのかがわからなくて。
(あの時はどうしたんだったか)
しばしその時の事を考え、そして思い当たった。
「僕ってそんなに信用ないですか?」
「え?」
不満そうな清四郎の声に思わず顔を上げた悠理。
そこには声とは反対にニヤリと笑ういつもの得意げな顔があった。
「それともまた自分に自信がなくなりましたか」
以前悠理の態度がおかしくなった理由。
それは「不安」だった。
これといった言葉もなく、よくわからないうちに唇を重ねあったふたり。
それぞれ自分の気持ちははっきりしていたのだが、相手の心がわからなかった。
それでも、その口づけを境にふたりは「付き合う」ようになった。
だが、そう思っていたのは清四郎だけだったようだった。
悠理には清四郎がどうして自分とキスをしたのか、わからなかったのだ。
もしかしたら勢いで、もしかしたらあのときの雰囲気で。
別に相手は自分でなくても良かったのではないか。
そんな風に思ったらしい。
清四郎がその事に気付いたのは、「付き合う」ようになってから初めての、ふたりにとっては"二度目"のキスを拒まれたときだった。
確かにその時清四郎に酒が入っていたのは事実だ。
だが、多少の酒で清四郎が酔うはずがない事を悠理も十分わかっていたはずだった。
それでも「不安」があった悠理にはその時の清四郎が酔って自分に迫ってきたのだとしか思えなかった。
悠理は今と同じように俯いていた。
「また、バカなコト考えてたんでしょう」
「バ!バカとはなんだよ!」
「僕が可憐に誘われてほいほいここへやってきた、とか」
ニヤリと口端を上げ、悠理の顔を冷やかすように見る。
「ぐっ!・・・・・・だって、こんなトコに呼び出されて・・・・・・」
「僕が浮気すると思いました?」
小さく頷く悠理の顔を覗き込むと、その大きな目に涙がたまっていた。
「ホントに泣き虫ですねぇ。いつからそんなに涙もろくなったんです?」
清四郎はそんな悠理を抱きしめると頭をぽんぽんと叩いた。
「僕がここに来たのは可憐に"悠理のコト"で話があると言われたからですよ。あの様子じゃ僕たちのコトばれたんだとすぐにわかりましたし、その上で何か話があると思ったんです」
「ホントか?」
「まだ、疑うんですか?・・・・・・・ま、僕としては嬉しくもありますけどね」
悠理は顔を上げると怪訝そうに清四郎を見た。
「悠理がこんなにもヤキモチを妬いてくれるなんて、付き合う前は夢にも思いませんでしたから」
ニヤニヤ笑う清四郎に、悠理はムッとした。
だが、図星な為、言い返すことが出来ない。
清四郎の胸に顔を埋め、う〜っと唸った。
「安心してください。僕には悠理しかいませんから。だから・・・」
「だから?」
「また、お弁当作ってくださいね」
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