「ワレモコウ」
今日も生徒会室ではいつのも風景が繰り広げられていた。
試験勉強をする悠理と、教える清四郎。
試験前だと言うのに、余裕で休み中のデートの計画を共同で練る美童と可憐。
そして、試験勉強などしなくてもという魅録と野梨子。
いつもの風景のはずだった。
だが、一人だけ何故か心が穏やかでない男がいたのだ。
(あーーー!俺、何イラついてんだっ!!)
松竹梅魅録は目の前のまだ長いままの煙草の吸殻の山を見て、右手でせわしなくその鮮やかなピンクの頭をかきむしった。
気持ちを落ち着け様と新たに煙草を求めて箱を手にする。
一本だけ残っていた煙草を口にしたのだが、横からそれは掠め取られた。
「魅録、吸い過ぎですわよ。一体どうしたんですの?」
先ほどまで皆にお茶を配っていたはずの野梨子がいつのまにか横に座っている。
野梨子は丁寧にその一本を元の箱へと戻すと、テーブルに置いてあったライターすら自分の手の中に隠すように入れてしまった。
「野梨子・・」
野梨子はにっこり微笑むと、灰皿を部屋に備え付けの流しに持って行ってしまった。
手持ち無沙汰になった魅録は今度は、指先が小刻みにテーブルをはじき出した。
そしてそれに気付き、苦笑する。
(俺、ホントどーしたってんだよ・・・)
「気になりますの?」
「え?」
野梨子は手にお盆を持って戻ってきた。
その上には心が落ち着くような香りが立っている。
「新しくお茶を入れなおしましたわ。落ちつきますわよ」
そう言うとまた隣に腰掛けた。
「サンキュー」
「どう致しまして」
野梨子の気遣いが嬉しくて、暫しイラツキを忘れる。
確かに煎れてきてくれたお茶を口にすると、心までも温かくなったような気がした。
「・・・俺、やっぱイラついてるよな」
湯のみを握り俯き加減の魅録に、野梨子は少し困ったような顔をした。
「魅録は・・・」
「ん?」
言葉を切った野梨子に顔をあげる。
「魅録は悠理の事が気になって仕方がないんじゃありませんの?」
「俺が、悠理を・・・?」
野梨子は、離れた所で試験勉強を続けている清四郎と悠理に目を向けた。
一見すると、それは厳しくそしていたぶるのを楽しんでいるかのような眼で勉強をみている清四郎。だが彼をよく知るものならば、そこにある特定の条件下において見る事の出来る不思議な色を感じることが出来る。
悠理という条件。
野梨子がその事に気付いたのはつい最近だった。
自分の気持ちを自覚しとき、その事実に気付いた。
清四郎が悠理を見る眼、かける声の質は他人に向けるそれらとは明らかに違うのだ。
もしかすると、違うと感じたからこそ自分の気持ちを自覚したのかもしれない。
そのとき悠理に対する小さな嫉妬が生まれた。
丸めた参考書で頭を叩かれている悠理は、泣きながら怒っている。
それでも逃げることなく勉強を続けている。
逃げる事など許されないと諦めている所為だろうか。
野梨子は違うと知っていた。
悠理もまた、清四郎を・・・。
隣の男はそれにうすうす気付き始めているのだろう。
自分が悠理に対して嫉妬するように、魅録は清四郎に対して。
まだはっきりと自覚していないからこそ、こんなにもイラツキを表に出しているのだ。

「魅録と悠理は親友みたいなものだと思ってましたけど、やっぱりちゃんと女性として見てましたのね」
その言葉に僅かに片眉があがる。
「野梨子がそんな事言うなんて、意外だな」
確かに意外だった。
男と女の事など野梨子が口にするわけがないと思っていた意外、そして自分が悠理を気にしていたと言われた事。
そんなに悠理を見ていただろうか。悠理を、ふたりを見て苛ついていたと言うのだろうか。
「そうですかしら」
魅録の言葉を否定の意に取ったのだろうか。語尾を上げ湯のみに口をつける。
ほぅっと息を吐くと、にっこり微笑んだ。
「さっきからふたりの方をずっと見てましたわよ。素直に自分の気持ちを認めたほうがよろしんじゃなくて?」
「・・・お前は認めたのか?」
言ってから、後悔した。
なんという残酷な事を・・・。
魅録も清四郎と悠理の気持ちには気付いていた。
ふたりの傍にいつもいるのは自分だ。気付かないわけがない。
そして野梨子の気持ちにも気付いていたはずだったのに。
「悪い・・」
魅録はそう言うと、湯のみを煽った。
「良いんですのよ。こればっかりは仕方のない事ですから・・・」
野梨子は笑顔を作ると、またふたりを見つめた。
その寂しげな横顔に、胸が閉めつけられる。
だがそれは、野梨子を想ってというのとは違う気がした。
何故か野梨子と自分は同じだと思ったのだ。
先ほど悠理を見て苛ついている、と言われた時も何処かそのニュアンスを違う風に解釈した自分がいた。
野梨子が思っているのは、自分は悠理が好きで見つめていたと言うことであろう。
でもそれは違うと断言出来る。
強がりでもなんでもなくそれは有り得ないと思った。
悠理は親友だ。
女だということはちゃんと自覚している。その上でそういう対象ではないと言いきれる唯一の人間だと思っている。
なら何故自分はこんなにふたりを見て苛々しているのであろうか。

清四郎が頭を軽く振り、悠理に呆れ顔を向けている。
悠理は相変わらず半泣き状態で清四郎の胸に縋っている。
―――ソレイジョウ、セイシロウ二、チカヅクナ
魅録は頭に浮かんだ言葉にドキリとした。
(俺、ホントに悠理が・・・)
有り得ない。ならどうしたというんだ・・・。
どうやら休憩するらしい。清四郎がコチラへ向ってきた。
「ハァ、疲れましたよ・・」
「大変ですわね」
「程々にしとけよ」
自分で肩を揉み解す清四郎に二人は普段通りの笑顔で返した。
悠理と言えばノートの散らばる机に突っ伏している。
それに苦笑を漏らしていると、横から手が伸びた。
「これ下さいね」
「え?」
清四郎が魅録の湯呑を取り上げ口にした。
「お、オイ、清四郎・・・」
「行儀が悪いですわよ、清四郎。言えば煎れましたのに」
魅録が呆然としていると、野梨子の呆れた声が聞こえた。
「そうですか?スイマセンね。じゃぁ悠理の分も頼みますよ」
その何気ない一言が二人の人間の心に陰を生んだ。
だが言った本人はそんなことに気付いていない。
野梨子が一瞬顔を強張らせたのにも気付かず、湯呑をテーブルに戻すと悠理を見て微笑んだ。
魅録はその事に軽い憤りを感じながらも清四郎の濡れた口元から眼が離せないでいた。
「どうしました?」
視線に気付いたのか、清四郎が不思議そうな顔をしている。
「いや、別に・・・」
魅録は慌てて湯呑を口にした。
そしてそれは清四郎も口をつけたのだったという事に気付いて、一気に身体が熱くなるのを感じた。
「あ、スイマセン。それ全部呑んじゃいました」
動きの止まった魅録に、申し訳なさそうに謝る。
「い、いや・・・」
「野梨子に煎れなおしてきてもらいますよ」
清四郎はにっこり笑うと、その湯呑を手にした。
そこで二人の手が触れる。
「魅録?」
湯呑から手を離さない魅録。
「え?あ、スマン」
魅録は手が触れた瞬間、何も考えられなくなっていた。
慌てて湯呑から手を離す。
「なにか、変ですね。どうしたっていうんですか?魅録らしくないですよ」
熱でもあるんですか?清四郎がそう言って魅録の額に手を当てようとした時だった。
(・・あ・・・)
「せーしろー!!おやつーーー!!!」
突然悠理の声がした。
清四郎は手を途中で止め、悠理に向く。
「ハイ、ハイ。もう少し待っててくださいよ」
「お腹空いた、お腹空いた!」
「うるさいですなぁ」
清四郎は眉間に皺を寄せると、
「魅録、体調が悪いなら早く帰って寝た方がいい。無理するとあとが辛くなりますよ」
そう言って軽く魅録の肩に触れるとお茶とお菓子を取りに野梨子の方に歩いていった。

清四郎の触れたところが熱い。
その後姿を見つめながらそう思った。
そっと肩に触れてみる。
(俺、どうしたってんだ・・・)
野梨子からふたり分のお茶とお菓子を受け取るのを見て心が騒いだ。
清四郎の一つ一つの仕草や言葉に胸の奥がきゅっと締め付けられる。
(なんだってんだ・・・)
息苦しさを感じて、思わず制服の胸の部分を握り締める。
「せいしろう・・」
小さな呟きは誰の耳にも届かなかった。
花言葉「感謝・変化・愛慕・移りゆく日々」
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