昼休みから空模様は怪しかった。
だが、呼び出すにはここしか思いつかなかった。
今考えれば、空き教室でもどこでも良かったのに。

屋上へ出ては見たものの、小雨がぱらついていてすぐに、埃臭い建物の中へと戻った。
出入り禁止になっているはずの屋上への出入り口になっているそのスペースは下へ降りる階段と小さなロッカーが一つあるだけだった。
そのロッカーは掃除道具を入れるそれの三分の一ぐらいの大きさで、しかしその場所にそぐわず比較的新しくみえる。
事実、新しいというのもあったが、埃をあまり被っていないせいだろう。
それだけ頻繁に使われていた証拠だった。
だがしかし、それも数日前までの話。
清四郎はその前にしゃがみこむと、ふ、と指先で天辺に積もった埃を拭った。


「みんなには内緒だぞ」
と悠理が秘密基地を作った子供のように嬉しそうに笑った。
あの日は今日とは違って、どこまでも青い空が広がっていた。
いつの間にか持ち込んだこの小さなロッカーの扉を自慢げに開け、そこからお菓子の袋を両腕に抱えるほど取り出した。
「お菓子なら部室にだって山ほどあるじゃないですか」
呆れながら清四郎がそういうと、悠理の頬は軽く膨れた。
「だって、食べすぎだ何だって、怒るじゃん。その癖、くれって欲しがるし」
「なら、良いんですか?僕に教えて」
「共犯者は、一番強い奴のほうが良いだろ?ばれたら、あいつら怖いもん」
屈託なく笑う悠理に、清四郎も肩を竦めて笑った。



清四郎はロッカーの扉についている鍵に手を伸ばした。
鍵をかけるほどのものは入っていないというのに、「鍵」なんてものに縁のない生活をしている悠理にとっては、それがどれだけおもちゃのようなものでも嬉しいらしい。
制服のズボンのポケットに入れっ放しにしていた鍵をゆっくりと鍵穴に差し込む。
この鍵を使うのは今日が初めてだった。
いつもは、悠理が開けていたのだ。


中は、以前と全く変わっていなかった。
新製品なんだ、と嬉しそうに詰め込んでいた菓子袋も、清四郎が試験勉強用にと置いていた参考書も辞書も、最後にここで会った日からなに一つ変わらず同じ位置にある。
「このロッカーも、もう必要ないんですか・・・?」
ここにはいない持ち主に、そう尋ねた。

暫くそのロッカーを見つめているうちに、段々と外から聞こえる雨の音が大きくなっていた。
雨は激しさを増し、視界が白く濁っていく。
立ち上がりその様子を見つめると、やがて疲れた様に壁に凭れ腕を組んで目を閉じた。


どれぐらいそうしていたのだろうか。
いつしか外は静かになっていた。
目を開けると、ひさしから雫が垂れているだけで雨は上がったようだった。
表に出て見ると、床のあちこちに水溜りが出来ている。
雨上がりの冷やりとした風が、清四郎の頬を掠めていった。
先ほどまで激しく雨を降らせていた空は、清四郎の頭上はまだ暗かったものの西の方はもう明るくなりはじめている。
「勝手なもんですね」
と呟き、頭の上の空を仰いだ。


空に文句を言っても仕方がない。
だがあまりにその豹変振りが、求めて止まない存在を思い起こさせるのだ。

「雨はさ、遊びに行けないしあんまり好きじゃないけど。でも雨上がりって好きだ。雨上がりの時の風ってさ、なんか気持ち良いだろ?」

そんな、いつかの言葉が頭を過ぎった。
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