悠理は重く感じる体をベッドから起こすと、机に向かい、一番上の引き出しをそっと開けた。
乱雑な引き出しの中に、白いその小さな箱だけは大切にしてあるのが窺いしれるように置いてあった。
手を伸ばし、一度躊躇った後、やはりその箱を手に取る。
掌に乗ってしまうぐらいのその箱は、"ソレ"を仕舞う時選びに選びぬいたモノだった。
ゲームの景品である"ソレ"には箱などという大そうなモノはなく、係員に営業用の笑顔でポンと掌に載せられただけであった。が、それでも悠理は無性に嬉しかったのを覚えている。
今思えば、"ソレ"を取ったのが清四郎だったから、なのだろうか。
ふと思いついた考えを打ち消すように頭を振ると、箱の蓋をゆっくり開けた。

―――中には鈍い銀メッキにプラスチックの"石"のついた指輪がひとつ、フワフワの綿の上に仕舞った時のまま納まっていた。


「ぜ〜ったい、無理だって」
悠理はニヤニヤしながら、目の前の標的を見た。
隣では清四郎が、そんな悠理にも何食わぬ顔で、同じように目の前の標的を見つめている。
「無理無理、あんなちっさいの取れるわけないじゃん」

ふたりで来た遊園地の一角に今時珍しい射的コーナーがあった。その一角には射的だけでなく、輪投げや、金魚すくいなど、一昔前の縁日の賑わいを見せている。
遊具に乗れない身長や年齢の子供達や、付き添いの老人達の為に設置されたのか、その年代や、昔それらで遊んでいたであろう大人達が、皆楽しそうに縁日に溶け込んでいた。
ふたりもご多分に漏れず楽しみ、悠理など左手に綿菓子、右手には赤い風船を握っている。
金魚すくいもしたかったのだが、タマとフクがいるでしょうと、清四郎に諭され断念していた。

金魚を諦めきれなくてぶちぶち言っていると隣で苦笑していた男が「ほら、あれ」と、今いる射的コーナーを指差した。
「この射的で何か取れたら、金魚の事、考えてみますよ」
まずはじめに目についたのは、大きなぬいぐるみだった。
意気揚々と打ってみたはいいが、射的というのは当るだけでは意味がない。落とさなければいけないのだ。
大きなぬいぐるみなど、いくら当てたところで、小さな弾で撃ち落とせる物ではない。
小さなモノを狙うように後ろで言われたが、そっちの方が当らなくて余計落とせないと思った。
そう言うと、清四郎は自分も鉄砲を手にした。
清四郎が狙うのは、立ち並ぶ景品の中で一番小さいもの。
景品としてはあまりに小さいため、プラスチックの支柱の上に載せられていた。
「あの支柱を狙ってもいいんですよね」
弾を装着しながら、清四郎は係員に確認した。

「まぁ、まぁ、見ててください」
「取れなかったら金魚だぞ!」
「ハイ、ハイ」
清四郎は、肩を竦め頷いて見せると、射的のセオリーに従い、大きく体を乗り出した。伸ばした腕は、鉄砲の銃身を入れると驚くほどその景品に近付いた。
「あ〜清四郎!ずるいぞ!」
「射的ってのは、こうやってやるもんなんですよ」
クイっと口端を上げると、難なくその指輪を狙い通り仕留めた。

「おもちゃだけど、結構いい出来でしょ?」
少し自慢げな係員に手渡されたその指輪は、確かに数ある他の景品に比べると立派な部類だった。
だが常日頃から百合子の影響でド派手な本物を見慣れている悠理や、鑑定士にでもなれそうなぐらいの審美眼の持ち主である清四郎からすれば、やはりおもちゃはおもちゃにしか見えない。
その「可愛らしさ」に思わず顔を見合わせてしまったが、それでも、悠理は嬉しかった。
その証拠にいつまで見ていても飽きなかった。
あまりに嬉しそうに見つめていたのか、清四郎が微笑みながらそれをつまみ上げて言った。
「悠理、指輪ってのはこうして使うんですよ」
―――その日一日、その指輪は悠理の左手の薬指に光っていた。


「そうだよ。こんな小さいもんさ、あんな小さい弾で取ったんだ。やっぱスゴイじゃん。嬉しくなるよな、誰だってさ」
箱を机に置き、その中身だけつまみ上げる。
世間で言うところの給料何ヶ月分と称されるエンゲージリングを模して作られている"ソレ"は、あれから数日経っている今では少しくすみ始めている。
パジャマの裾を掴むと、ゆっくり撫でるように、拭いてみた。

僅かに光を取り戻したそれをあの日と同じ指に嵌めてみる。
その指の特別な意味は頭の中から追い出した。
だが、酷く胸が苦しかった。
壁紙:ひまわりの小部屋