やはり、おかしい。
魅録がそう感じるのも無理はなかった。
「眠い」と清四郎との約束を反故にし、早退したあの日から悠理の口数は格段に減っていた。
話かければ会話にもなるし、笑うことだってある。
だが、注意深く観察してみれば、悠理が自ら話出すという事がなかった。
何か喋ろうと口を開きかけてはいるようなのだが、やがて諦めたように目を伏せる。
誰かに話しかけられれば笑顔を向ける。が、それは何処か不自然なものにしか見えない。
あの日、何があったというのだろうか。
休憩時間だというのにぼんやりと、席から立たず外を見つめる悠理を見て、ひとつ息を吐いた。

魅録が悠理を心配するのには訳があった。
大切な友人であるから、というだけではなく、また別の親友をも思っての事だった。
決して素直に喜びを見せないでいたが、その実恐らく悠理よりも海行きのドライブを楽しみにしていた先日の清四郎。

「一番手っ取り早いコースってどの道ですかね」「海沿いとなるとやっぱりこのコースですか」
「きっと悠理は途中でお腹を空かせるでしょうからね。レストランも探しておかなくてはいけないんで、コース選びも楽じゃありませんよ」

地図を持って来てはあれやこれやとコースを考え首を捻っていた。
技術は確かだが、だからと言って特に運転自体を特に好むという方ではないのに、魅録に相談とも惚気ともつかない話をしに来た時の表情は今でもよく覚えている。
珍しい物を見たと甚く感動したからだ。
だが、悠理の急な態度の変化はそんな清四郎からまでも笑顔を奪っていた。

魅録はよしっと呟くと、教室を出た。


「よお」
先ほどの悠理と同じようにぼんやりと外を見ている清四郎の後姿に声をかける。
魅録が入ってきた事で、教室がざわめいていたというのに、清四郎は全く気付いていなかったようだった。
それでも、突然の訪問に驚きを見せないのは流石と言ったところか。
恐らく、いつかは訪ねてくるのだろうと思っていたらしい。
「悠理のことですか」
「話、早いじゃん」
「ここ最近様子のおかしいあいつを、みんなが気にしていた事は知ってましたしね。それも僕との約束の次の日からですし、いつか来ると思ってましたよ」
頬杖をつきながら、軽く肩を竦める。その表情はいつものそれと同じで、魅録はこの男が落ち込んでいると思ったのは自分の思い過ごしかと少し安堵した。
が、フイと視線を逸らし、また外に眼を向けたその横顔はやはり、力がなかった。
「喧嘩でもしたのか?」
違うとは思っていたが、一応聞いてみた。
もし喧嘩なら、ふたり共こんなに深刻にはなっていないだろう。
どんな理由にせよ、どちらかが明らかに怒っている態度を見せるはずだ。
今まで、このふたりが喧嘩した時はいつもそうだった。
だが、今回は違う。
怒っている風に見は見えないのに、悠理が清四郎を避けている。
そして、避けられた清四郎はそれを追いかけようとする。
そしてまた、悠理が逃げる。
このやり取りはどれもあからさまなものではない。魅録が観察していて気付いたことだ。
しかし、清四郎とのそのやり取りを抜きにしても悠理の元気がないのは皆の目にも明らかだった。
「喧嘩ならまだいいんですけどね。あいつが何を考えているのか、さっぱりわかりませんよ」
諦めたように笑み、背凭れに体を預ける清四郎は少し疲れているようにも見えた。
「魅録」
わざわざ話を聞きに来た癖に、何と声をかけていいのかわからないで逡巡していた魅録に、清四郎が声をかけた。
「ん?」
「あいつの相談にのってやって貰えませんか。何か悩みがあるようなんですけど、僕には話してくれませんでね。一人で悩んでいるみたいですし・・・」
「悩み、か」
今悠理が悩んでいる事と言ったら、清四郎の事しかないのだろう。
それを本人に相談するのは確かに無理な話だ。
だが、だからといって自分に言うだろうか、と魅録は思った。
もし話せることなら、もっと早くに相談してきているように思う。
「あいつは、いつもろくでもないことを考えますから・・・。誰かが相談に乗ってやらないと」
その役目ができない事が、もどかしいのだろう。
冗談交じりに微笑みながら言ってはいるが、その目は笑っていなかった。
「わかった。一度話してみるわ。お前が原因ぽいしな、なんかわかったら教えてやるよ」
「どうして僕が原因なんですか」
気付かれていないとでも思っているのだろうか、自分の気持ちや悠理に避けられている事に。
「お前、最近ポーカーフェイス下手だぜ?」
サッと顔を赤らめた清四郎にクックックと肩を揺らして笑って見せた。
「安心しな、ポーカーフェイスが崩れるのは悠理が絡んだ時だけだから」
何の慰めにもならない言葉を残すと、清四郎の元を離れた。

丁度、次の時限を告げるチャイムが鳴った。
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