「ハクセン」
せーしろー。動けない。
身体がちっとも言うこときかないんだ。
ここから動きたくない。
なぁ、何でだ?
すっごい、苦しいよ。
せーしろー。助けてくれよ。
お前に、会いたいんだ。





清四郎、やっぱ怒ってるのかなぁ・・・。
悠理は食事が済むと、小言を続ける五代を無視して食堂を後にした。
(やっぱ、謝っといたほうがいいよな)
うんうん頷き、清四郎の部屋へ向かう。

どう考えても先ほどの清四郎の態度はおかしい。
まず勝手に部屋に入っていた事について何も言われなかった。
―――それはいつものことだから、だったからかも知れないが。
次に、勝手にベッドで眠っていたことについても嫌味がなかった。
むしろ、寒くないように上着まで掛けてくれていた。
―――確かに、そんな優しいときもある。だが、それでも嫌味の一つや二つ飛んでこないのはおかしい。その上、滅多にお目にかかる事のない、悠理が一番好きな眼をしていた。

(おかしい・・・)

そこで悠理が思い当たったのは、逆に清四郎は怒っているからこそ、何も言わなかったのではないかという事だった。
部屋も早々に追い出されたことだし、何か隠し事もしているようだ。
あの場に自分がいることが既に清四郎にとって目障りだったのではないか。
悠理はそこまで考えて、なんだか泣きたくなった。
だが、キッと唇を真一文に結び前を見据える。
「あーヤダヤダ!アイツは何も言ってないじゃないか!」
自分勝手に落ち込んでいた事を頭を振って振り落とす。
「クソー!はっきりさせてやる!」
悠理は先ほどまで泣きそうだったとは思えないほど肩をいからせズンズンと清四郎の部屋へ向かった。


部屋の前に立ち止まり、一度深呼吸する。
先ほどメイドの一人から清四郎がまだ帰っていないことをそれとなく聞きだしていた。

(や、やっぱなんか怪しいよな。さっきはすぐ帰るって言ってたくせに)
ノックをしようと握り拳を振り上げた。
―――が、その手は動かなかった。
何故か、妙に緊張しているのだ。

清四郎が怒っていたら?
清四郎が自分の事を邪魔だと思っていたら?
怒っているのなら謝ればいい。
だけど、邪魔だと思われているのなら、それが事実だとわかったら―――。
悠理は急に怖くなった。

いつもいつも清四郎にはからかわれてばっかりで、ペットぐらいにしか思われていないんじゃないかと思う。
だけど、それでも清四郎の傍にいたい。
友達以下でもいい。傍にいられるなら。
時々でもいい、あの優しい眼を向けて欲しい。

・・・・・・その全てを失いたくはない。

悠理は踵を返すと、自室へ向かおうとした。
だが、やっぱり身体は思うように動かない。
足を出そうとして、しゃがみこんでしまう。
立ち上がろうとして、壁に身をつけてしまう。
そんな自分がわからなくて、笑おうとして涙が溢れる。

(あれ・・・?どうしちゃったんだよ)

不意に胸が苦しくなって、会いたくて堪らなくなった。
だが、身体は動かない。
ドアという木の板ひとつ向こうに、愛しい男の姿があるというのに。
いつもなら何の躊躇いもなく開ける事のできるそのドアに、触れる事すらできない。

「せーしろ・・・」
悠理のその呟きは、広い邸内の静寂に飲み込まれていった。
(→ハクセンの写真
花言葉「あふれる想い」
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