「カタクリ」
好きなんだ、あいつのこと。だから、このままで良いんだ・・・・


「いっそのことあんたから言っちゃえば?」
可憐は、美味しそうに自分の作ったシフォンケーキを頬張る悠理を見て言った。
「ふあい?」
放課後、美味しいケーキを食べない?の言葉に釣られ可憐宅を訪れた悠理。
本当に美味しいケーキを二個平らげ、更に三つ目に取り掛かったところだった。
紅茶で流し込み、口を開く。
「何を言うんだ?」
「あんたの気持ちに決まってるでしょ」
早くも三つ目ですら半分の大きさになっているケーキを見ながら溜息をついた。
(これが恋する女の食欲なの?・・・ま、悠理にそんなこと期待するほうがバカらしいかしらね)
「気持ち?なんだ、それ。・・・・あぁこれのことか。旨いぞこれ!何個でも入っちゃうよ〜」
「違う!!」
嬉々として笑顔になる悠理に、可憐は拳を握り締めた。
「あたしが作ったんだから美味しいのは当たり前でしょ!そんなこといちいち聞かなくても知ってるわよ!」
「じゃあ、なんだよ」
悠理は可憐が何故急に不機嫌になったのかわからず、それでも取り合えず食べ続けた。
が、
「清四郎のことよ」
この可憐の一言で、規則正しく皿から口に動いていた手が止まった。
「なんだよ、それ」
そして何事もなかったかのように、またケーキを頬張る。だが、清四郎の名前が出てから、その味はさっぱりわからなくなっていた。
「―――好きなんでしょ?」
その言葉に悠理は、はっと目を見開いて、可憐を見た。
可憐は茶化すでもなく、からかおうというのでもなく、とても優しく悠理を見つめている。
「可憐・・・」
「あんた、ずっと清四郎のこと見てるんだもん、誰だってわかるわよ。ま、当のご本人は全く気付いてないようだけど?」
少しだけ笑って、そう言った。
「今のままじゃ、苦しくないの?このままただ見てるだけ、にするつもり?」
悠理はぎゅっとフォークを握り締め、俯いた。
「・・・・言えないよ」
「どうしてよ。まさかあんた、そういうのは男の方からとか思ってんじゃないでしょうね」
「そんなんじゃ、ないけど・・・」
「なら」
悠理は少し微笑むと顔を上げた。
一人で抱え込んでいた想いは、すでに悠理の許容範囲を超えていたのかもしれない。
普段の悠理なら、恥ずかしがって否定しそうな自分の気持ちも、ゆっくりとだが言葉をつむいでいった。
「あたい、最近ずっとあいつのことばっか頭にあって。あいつと一緒にいると、暖かいんだ。傍にいないと、なんか・・・・ヤで・・・・会いたくて、堪らなくなる」
やはり少し照れくさいのか、頬を朱に染め、目を伏せる悠理。
今までの悠理からは考えられないぐらい、いじらしい。
可憐はそんな悠理を清四郎に見せたいと思った。
あんたのこと悠理はこんなに思ってるのよ、と。
「でもあいつにとったらあたいなんて、ただのバカで、からかったら楽しい、ぐらいにしか・・」
悠理はそう寂しそうに笑った。
(なんて顔すんのよ。あんたはもっと楽しく笑えるでしょ)
可憐はいたたまれなくなった。考えていたよりもずっと深く悠理は清四郎を想っている。
「きっと言ったらあいつ、迷惑がる。そしたら、もう今までみたいにいかなくなる。だから、いいんだ、今のままで」
ハハハ、と乾いた笑いを見せる悠理の目が少し赤いようにも見えた。
「悠理・・・」
「あー!もう止め止め!もうイイじゃん。この話はさ。こんなのあたいには似合わない話だよ!それより、あたいまだ、食べたりないんだ。もっとあるんだろ?ケーキ」
皿に残っていた最後の一片を口の中に放り込むと、ニカっと笑って皿を差し出した。
可憐は、思わず言いそうになった。
清四郎もあんたのこと同じように想ってるのよ、と。
だが、その言葉を紅茶と共に流し込む。
その言葉は言ってはいけないのだ。たとえ、こんなに苦しむ悠理を見ても、言ってはいけない。
本人達で何とかしなければ意味がないのだ。
必死に笑顔を作る悠理を見て、可憐は泣きそうになった。
だが、自分に心配をかけまいと涙を堪える悠理の前で泣くわけにはいかない。悠理にわからないように一度、スカートをぎゅっと握り締めると、差し出された皿を受け取った。
「当たり前でしょ。あんたが二つや三つで満足するなんて思ってないもの。まだまだ一杯あるんだからね、全部食べ終わるまで、帰さないわよ」
ニヤリと笑って、キッチンへと向かった。


どうすればいい?あたしはあいつらに何が出来る?
ねぇ、清四郎。あんた、早く言ってやってよ。
あんな悠理、あたし見ていたくないわよ―――。
花言葉「嫉妬・初恋・寂しさに耐える・情熱」
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