「秋風」
「なんかさぁ、お前とこうやってふたりで帰んのって、初めてじゃないか?」
悠理と清四郎は、放課後ぶらぶらと公園の脇を歩いていた。
倶楽部のメンバーは皆今日は予定があるようで、ふたりは偶には一緒に帰るかと少し遠回りしながら初秋の道を楽しんでいた。
「そう言われてみれば、そうですね。」
清四郎は顎に手を当てて考えてみる。
いつも幼馴染の野梨子と一緒に帰ることはあっても、車で通学している悠理としかも他のメンバーが一緒ならともかくふたりで帰ることなどまずなかった。
「だろ?こんなに長く一緒にいるのにな。」
無邪気な顔で笑いかける。
清四郎はその言葉と笑顔に何故かドキッとなった。

「4年・・ですか。」
「もう、そんなかぁ・・。でも、お前と初めて会ったのはもっと昔だけどな。」
最初の出会いを思い出したのか、おかしそうに笑う。
「悠理はあの頃からちっとも変わりませんね。」
清四郎は一番最初の人生の汚点である出来事を思い出して、少し拗ねた様に嫌味を言った。
「お前のそういう所もだろ。」
「たしかにね・・・。」
清四郎は何だか今日は素直に悠理の言うことを認められた。
「そういや、野梨子もだよな。」
「何がですか?」
「あの性格だよ。一見おとなしそうなのにさ、いざとなったらあたいと取っ組み合いのケンカするほど気ぃ強いじゃないか。アイツが一番コワイよな。そういうトコ今も全然変わってないじょ。」
「言えてますね。あの時は僕もビックリしましたよ。まさか、野梨子があんなに気が強いなんて。」
そう言うと、ふたりは顔を見合わせて大笑いした。

遠くから高音の笛の音が聞こえる。
独特の節回しで、軽トラがいい匂いをさせて近づいてきた。
「おっ!ヤキイモじゃん。あたい買ってくる、ココで待ってろよ!!」
悠理は意気揚揚と軽トラに走りよっていった。
清四郎はそんな悠理の後姿を、穏やかな笑顔で見送った。
「じゃぁ、僕は飲み物でも買ってきましょうかね。」

悠理が腕にいっぱいのヤキイモを抱えて戻ってくると、そこに清四郎の姿はなかった。
「あれ、アイツどこ行ったんだ?」
悠理は辺りをキョロキョロと見渡した。
どこにも清四郎の姿は見えない。
(まさか、どっかで隠れてあたいのこと見て楽しんでんじゃないだろうな。)
清四郎の日頃の行いの所為か悠理はそんなことを考え、並木の木の陰や、公園のベンチの下を覗きまわった。
しかし、清四郎はどこにもいない。
悠理はなんとも言えないような不安が心を過った。
「せーしろー・・・。」
「どーしたんですか、ボーっとして」
突然横から声がかかった。
「また、たくさん買いこんできましたね。」
いつのまにか清四郎が横に立っている。
「清四郎!!お前どこ行ってたんだよ!!急にいなくなるから探したじゃないかぁ!!」
「何も、そんなに怒ることないじゃないですか。僕はただヤキイモだけじゃ喉を詰めるから飲み物を買いに行ってたんですよ。」
清四郎の手には言葉通りジュースの缶が2本あった。
「あっ、ごめん。あたい、ちょっとビックリして・・。」
「僕がいなくて淋しかったんですか?」
清四郎はニヤニヤ笑うと悠理の頭を撫でた。
「べッ別にそんなんじゃないわい!!そんなこと言うやつにはもう、ヤキイモやんないからな!!」
悠理は真っ赤な顔をしながらずんずんと公園の中のベンチに向って歩いていった。

ふたりして、ベンチに腰掛ける。
悠理はガザガザと音をさせて袋からヤキイモを取り出すと、大口を開けてかぶりついた。
清四郎はジュースの缶の蓋を開けて悠理に差し出す。
悠理は憮然とした顔でヤキイモをほおばりながら、それを奪い取った。
「まだ、怒ってるんですか?」
「ふん!」
「ヤキイモ、僕にもくださいよ。」
清四郎が手を伸ばすと、悠理は袋を抱え込んだ。
「ヤダ。」
悠理は完全に拗ねている。
清四郎は、そんな悠理をかわいいと思った。
思ってから自分でもそんな感情に驚いた。
(悠理がかわいいって。何を考えているんだ。)
だが、心ではそう考えていても、こんな悠理を見るとどうしても口元が緩んでしまっている。
「何、ニヤニヤしてんだよ。」
悠理が不信そうな顔で見ている。
「いや、別に。なんでもありませんよ。」
清四郎は慌てて誤魔化すとジュースに口をつけた。

「なぁ、そのジュースまだ入ってる?」
4本目のヤキイモを食べ終わった悠理が清四郎の手にしている缶を指して訊いた。
「あぁ、まだ半分ぐらい残ってますよ。」
「んじゃ、ちょうだい。」
ヤキイモをたらふく食べたことで満足したのか、先ほどまでの機嫌の悪さはどこにもなく無邪気に訊いてくる。
「悠理のは?全部飲んじゃったんですか。」
「あぁ。だから、ちょうだい。喉詰まっちゃってさ。」
清四郎の手から缶を取ると美味しそうに喉を鳴らしている。
「これ、全部飲んじゃってもイイだろ。」
「えぇ、イイですよ。」
そう言うと、悠理は嬉しそうに5本目のヤキイモにとりかかった。


買ってきたヤキイモが全て悠理のお腹に納まった頃、清四郎はかねてからの疑問を悠理に口にしてみた。
「なぁ、悠理。」
「ん?」
「なんで悠理は魅録と付き合わないんですか?」
「はぁ?!」
「それとも僕が気付かなかっただけでもう付き合っているんですか?」
清四郎の顔は至って普段の顔と変わらず、何を考えているのか全く読めない。
「何言ってんだ?お前。」
悠理は間の抜けた声しか出せなかった。
「魅録とは趣味も合うし、よく二人で遊びに行ったりしてるでしょ。なんで、付き合わないのかなぁって前から不思議だったんですよ。」
「お前、あたいらのことそんな眼で見てたのかよ。」
「僕だけじゃないと思いますけどね。」
「なんだよ、それ。あたいは魅録とのこと、そんな風に考えたことなんて一度もないぞ!」
悠理は何だか気分が悪かった。
ヤキイモを食べすぎた所為だろうか。
「何、怒ってるんですか。」
「別に怒ってなんかない!!そ、それより。そんなこと言ったらお前こそどうなんだよ!!」
「何がですか?」
「野梨子の事!」
「野梨子?」
「お前らの方が、あたいと魅録なんかよりよっぽど一緒にいるじゃないか。」
「そうですかね。」
「あたい知ってんだぞ。」
「何をですか?」
「野梨子の事好きなやつってみんな、お前がいるからって諦めてんだよ。」
「なんなんですか、それ。僕は関係ありませんよ。」
清四郎はむっとした表情で答える。
「お前はそう思ってなくても、周りはみんなそう思ってんの!」
「悠理もそう思ってるんですか?僕と野梨子がそういう関係だとでも?」
「違うって言うのかよ。」
「当たり前でしょ。どうやったら今更、野梨子の事をそんな風に見れるって言うんですか。」
「へっ?・・・そうなの?」
清四郎は溜息をつくと悠理の顔を見た。
「野梨子は昔からずっと妹みたいなモンですよ。まさか、そんな風に思われていたとは・・・。」
「だ、だって、そんな風に見えるんだからしょうがないだろ!」
悠理は何だか胸の支えがとれたような気がした。しかしそれは清四郎も同じだったとは露にも思わない。
そして、ふたりともどうしてそんな事が気になっていたのかこの時はまだわからなかった。
「僕達、お互いにそんな事考えてたんですね。」
「・・・みたいだな。」
「ックックック・・・あはははは。」
清四郎が急に笑い出した。
「な、なんだよ!」
「だ、だって可笑しくないですか?こんなにも長い間、それもずっと一緒にいて今の今までふたりとも誤解していたんですよ。」
「そう言えばそうだよな。」
悠理も可笑しくなってきた。
「あたいら、もっと色んなこと誤解してるかもな。」
「ですね。本当は何もお互いの事知らないのかもしれないですね。」
「あぁ。・・あっでも、お前が嫌味で、自信満々で、プライドが高いっていうのは知ってるぞ!」
「そんな事言ったら、僕だって。悠理が化け物並の体力で、底無しの胃袋で、じゃじゃ馬で、お化け探知機で、実は泣き虫だって知ってますよ。」
「なんだよ、いいトコ1つもないじゃないか!」
「悠理が知ってる僕もでしょ。」
ふたりは同時に噴出した。

「もっと色んなこと話そう。悠理のスキな事、キライな事。」
「清四郎の事もな。苦手なものとか。」
「僕には苦手なものなんかありませんよ。」
「嘘だぁ〜!なんだよぉ、何が苦手なんだよ。白状しろ!!」
「ないものは言えません。」
「そんな事を言うやつはこうだ!!」
悠理は突然清四郎のわき腹に手をやるとくすぐり出した。
「うっうわ!!コラ、悠理!!や、やめろっ!!」
狭いベンチで悠理にくすぐられ、清四郎は仰け反って思わずベンチから落ちそうになり慌てて背もたれを掴んだ。
悠理は悪魔のような笑顔を称えている。
「ふっふ〜ん、やっぱりな。前々からココは怪しいと思ってたんだよ。」
肩で息をつく清四郎の目の前で、両手の指をくねらせている。
「わ、わかりました。認めます。だからもう、その手はやめてくれ。」
指の動きだけでもくすぐったいのか、清四郎は急いで悠理の両手を掴んだ。
「へへ〜んだ!これからあたいに何かしたらくすぐってやるからなぁ!!」
悠理は得意げに笑った。
しかし、清四郎は余裕の笑みを浮かべる。
「ふっ。僕がこのまま引き下がると思いますか?」
悠理が尤も苦手とする清四郎の悪魔の微笑み。
「な、なんだよ。」
悠理は思わず仰け反る。しかし清四郎に両手を掴まれている為、逃げる事が出来ない。
清四郎は悠理の両手を引っ張って身体を引き寄せ、その耳元に息を吹きかけた。
「ひゃぁ〜!!!」
「ふん。僕の弱みを握ろうなんて百年早いんですよ。今度やったらどうなるか、わかりましたね。」
漸く清四郎は悠理の両手を離した。
「ひ、卑怯者!!絶対他にもお前の弱点見つけてやるからな!!」
「ムリですよ。もうないですからね。このことだって今まで姉貴以外誰にも知られずに済んでいたんですから。」
「和子さん以外誰も?おっちゃんや、おばちゃんも知らないのか?」
「えぇ、うちの両親はこんなコトしませんしね。姉貴ぐらいなモンですよ、こんな事するのは。」
悠理は清四郎を唯一手玉に取れる和子の事を思い出した。
「和子さんならやりそうだよな。野梨子は?野梨子も知らないのか?」
「知らないと思いますよ。姉貴が言ってない限りは。」
「ふ〜ん。そっか。」
ニヤリとする悠理。
「何考えてるんですか?」
「いや、お前の苦手なもの和子さんならいっぱい知ってそうだなぁと思って。今度訊きに行っちゃお〜っと。」
「あっ、こら!そんな事したら、またやりますよ!!」
「へっへ〜んだ!やれるモンならやってみろ!!」
悠理はアッカンベーとやると急いでベンチから逃げ出した。
清四郎はそれを追いかける。

やっとの事で後から抱きしめる様に捕まえた。
「捕まえましたよ。どうなるかわかってますよね。」
悠理の耳元に口を近づける。
「うわ〜!!ごめんなさい!!許してー!せーしろーちゃん!!」
「姉貴のところには行きませんか?」
「行かない!行かない!」
ぶんぶんと首を振る悠理に、清四郎は腕の力を緩めた。
悠理の身体からも力が抜ける。
清四郎が身体を離そうとすると悠理に手を掴まれた。
「な、何ですか?」
「やっぱ、ズルイよな。」
「何がですか。」
「こうしてるとさぁ、やっぱお前の身体ってあたいよりでかいもん。あたいがどんだけ頑張ったって力じゃ敵わないよな。」
「僕に本気で勝とうとしてたんですか?」
「だって、いっつもなんやかんや負けてばっかで悔しいじゃん。」
「仕方ないでしょ。僕は男で悠理は女なんだから。体格が違うのは当たり前ですよ。」
「でも、ズルイ!」
悠理は清四郎の腕を勢いよく振りほどいた。
だが、二、三歩歩いて立ち止まると、また清四郎の方へ戻ってきた。
今度は自分で清四郎の腕を巻きつける。
「今度は、なんなんですか。」
清四郎は悠理の行動に顔が赤くなるのを感じた。
(悠理相手になに照れてるんだ。)
「いや、身体離したら急に寒くなったからさ。」
悠理は清四郎が内心焦っているのにも気付かず、すっぽりと腕の中に納まって満足している。
「なぁ、なぁ、もう少しこうしてていいだろ。お前、暖かい。」
「あのねぇ、僕は悠理のコートじゃないんですよ。」
(コイツ、ホントに僕が男だってわかってるのか?)
清四郎は腕を外そうにも悠理にしっかり掴まれている為、外すことができなかった。
もちろんその気になれば、外せたのだろうが・・。
「へへ〜ん。また1コはっけ〜ん!お前の腕の中は暖かい。」
悠理は人差し指を立てながら自慢げに言った。
「それなら僕だって1つ発見ですよ。」
「なんだよ。」
「悠理の身体は冷たい。・・ほら、冷えてきたんですよ。そろそろ帰りましょう。」
「え〜、もうちょっといいじゃん。」
悠理は顔だけを上にむけて清四郎の顔を見る。
(・・・その顔は卑怯だぞ。)
清四郎は柄にもなくドキドキしながら、平静を装って溜息をついた。
「仕方ないですね。後少しだけですよ。」
「あぁ。」
清四郎は少しだけ抱く腕に力を入れた。

夕暮れ時の冷たい風の中でも、ふたりだけはなんとなく暖かかった。
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