「冬陽」
「やっぱり、お前の腕ん中って暖かいな〜」
「相変わらず悠理は冷たい手をしてますね」
季節が秋から冬に変わるにつれ、少しずつ変化してきたふたりの関係。
今まで気付かなかったことに気付き、その発見に喜びを見つけ、それがふたりをゆっくりと近づけていった。

「そうかぁ?」
後ろから『コート代わりに』抱きしめる清四郎の手に自分の手を重ね、その温度差を改めて感じる。
「お前の手が暖かすぎるんだよ。知ってるか?手が暖かいヤツって心が冷たいって言うんだぞ」
ニヤリと笑って顔だけ後ろを振りかえる。

「失礼な。僕の心が冷たいとでも言うんですか?」
「お前冷たいトコあるじゃないか」
「良くそんな事言いますね。こうして寒い中コート代わりになってる僕のどこが冷たいって言うんですか」
それを言われると悠理は反論することが出来ない。
確かに自分は暖かいが、今にも雪が降ってきそうな天気の下、清四郎は悠理の気がすむまでこうして抱きしめているだけなのだ。
いくら鍛えた体とは言え本当はかなり寒いはずだ。
「うっ、そうでした・・・」
「わかればよろしい」

秋のある日からこうして時々、ふたりになると悠理は清四郎にコートをねだるようになった。
清四郎もまた、その願いを聞き入れ悠理を抱きしめるのだ。
口ではなんだかんだ言ってても、互いに感じる心地よさはその温もりと笑顔が証明している。

「なぁ、でもホントにお前の手熱いぞ。いつもこんなに熱かったっけ?」
「そうですか?」
今度は清四郎が不思議そうに自分の手を見る。

「悠理の手が冷たすぎるんだと思いますけどね。でもおかげで僕は結構気持ちイイですよ、この冷たさ」
「やっぱおかしいって、熱すぎる!・・もしかして、お前熱でもあるんじゃないのか?」
悠理は自分の前で交差される腕を離すと清四郎に向直った。

「熱なんかないですよ」
そう言う清四郎を無視してその額に手を当てる。
「あーっ!お前やっぱりめちゃめちゃ熱いじゃんか!なんでもっと早く言わないんだよ!!」
「熱なんかありませんって。悠理の手が冷たいからそう思うんですよ」
清四郎は悠理の手を掴んでにっこり微笑んだ。

「違う!お前に熱があるんだ!ほら、さっさと帰るぞ。・・・たくっ、なんで言わないんだよ」
悠理は携帯を取り出し、五代に連絡をいれた。
「もしもし、あたいだけど・・・うん・・・車廻して」

「相変わらず、愛想のない電話ですな」
悠理が用件だけを言って切ってしまうのを呆れた様に言った。
「なんで、五代相手に愛想振り撒かなきゃいけないんだよ。それに急ぐだろ、お前大丈夫か?寒くないか?」
心配そうに訊く悠理はまた額に手をやる。

「大丈夫ですって。ホントに熱なんかないですから」
「嘘つけ、こんなに熱いのに。・・・ごめん、こんな寒いのにあたいがコートしてなんて言ったから・・」
「だから、大丈夫ですって。悠理が気にする事なんて何もないですよ」
いつになく心配する悠理に目を細める。だがそれも、すぐにいつもの楽しそうな表情になった。
本当に心配してくれているのはわかるのだが、どうしてもからかいたくなってしまうのだ。
「悠理がそんなに心配性だとは知りませんでしたよ。また新たに一つ発見ですな」
そんな清四郎に悠理もいつものクセなのか、すぐさま言い返してくる。
「あ、あたいだって、大概だとは思ってたけどまさかお前がここまで強情っぱりだとは思わなかったよ」
「なんなんですか、それ」
「前々からものすごーく強情っぱりなのは知ってたけど、熱が出てて、しかも他に誰がいる訳でもないのに、ここまで強情はるなんて思わなかったって言ってんの!」
「なんだかそれじゃ、ただの頑固で負けず嫌いみたいじゃないですか」
「実際そうだろ!」
段々鼻息も荒くなってくる悠理に、内心ほくそ笑えみながらもさらに言い返す。
「違いますよ。悠理が僕の言うこと信用しないからでしょ」
「だってホントにあたいの所為だろ、お前が熱だしたの」
「違うと言ってるでしょうが。ホントにしつこいな」
「なんだよ、しつこいのはお前だろ!だっーー!もういい!!人がせっかく心配してるのに!!熱でもなんでも勝手に出してろ!!」
遂に怒ってしまった悠理はそう叫ぶと、ずんずん清四郎の元を離れていった。
さすがに清四郎もやりすぎたかと苦笑する。

「悠理!」
呼んでも振りかえらない。
「悠理、悪かった」
「ふんっ!!」
だが、その歩調は明らかに遅くなった。
清四郎がゆっくり近づいても10歩も行かないうちに追いついく。
まだ怒っていそうな悠理の腕に手をかけ、抱き寄せた。

突然抱きしめられ、悠理は顔が熱くなっていくのを感じた。
後ろから抱きしめられるのは心地よさを覚えるほどにまでなっているというのに、いざ正面きってこうして抱きしめられると必要以上に照れて緊張してしまう。
「せ、せ、せ、せ、せ、せ、せぇしろ・・・・・・」
「さっきはスイマセンでしたね。せっかく心配してくれたのに。・・・悠理の言う通りやっぱり、熱があるみたいなんだ。なんだか目眩がしてこうして掴まっていないと今にも倒れてしまいそうなんですよ」
「大丈夫なのか!?」
清四郎の先ほどまでとは違う辛そうな声に、顔を上げてその表情を見ようとするのだが、頭と背中を抱え込む腕の力は思いの外きつく上手くいかない。

少しでも清四郎を支え様とその背中に腕を廻した。
「大丈夫か?もうすぐうちの車が来るからな」
泣く子供をあやすように背中をさする。
「ねぇ、悠理」
「なんだよ、しんどいんだろ。喋んなくていいよ」
「・・僕が悠理のコートなら・・」
「なんだよ」
「悠理は僕にとったらカイロみたいなものなんですよ。だからいつも僕も暖かいんです」
清四郎の表情は相変わらずわからないがその声はとても優しかった。
「せ・・しろ・・・」

悠理がその胸の中で新たな心地よさを見つけたときだった。
RRR・・・RRR・・・・
突然、頭が自由になった。
「はい。あぁ・・・・え?そうですけど・・・。えぇ、えぇ・・。そうですか。たぶん大丈夫だと思いますよ。・・・・そうですね・・・・20分もしたら・・・えぇ・・・じゃぁ」
顔を上げると清四郎は゛熱の所為で目眩がして今にも倒れそうな"人間とはとても思えないほど、いつもと変わりない様子で携帯で話していた。
「え・・・・・?」
「どうしたんですか?」
いぶかしげな顔をする悠理に不思議そうに訊きかえす。
「お前、目眩は?・・倒れそう・・だったんじゃないのか・・・・?」
「あぁ!それならもう治ったみたいですね」
にっこり微笑むその様子は確かにいつもの清四郎だ。
「なお・・・った?」
「えぇ、それより。今の電話、家からだったんですけど、大量にカニを貰ったから悠理が一緒ならつれて帰ってこいって。食べますよね、カニ」
何事もなかったかのように、返事も聞かずスタスタと歩き出す清四郎の後ろ姿を呆然と見つめる。

(まさか・・・?)
思考がいつもの結論に到達し、わなわなと拳を震わせる。
「せーしろーー!!お前、またあたいのこと騙したんだなーーーーー!!!!」
悠々と先をいく清四郎に、握り締めた拳をぶつけるべくその後を追いかけた。
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