「春空 〜魅録の場合〜」
「魅録さーん、俺なんかヤバイモノ見ちゃった気がするんですけど・・」
部屋で新しい盗聴機の組み立てをしていた魅録の元に、バイク仲間からの無線が入った。
「なんだよ、ヤバイモノって・・」
魅録はヤバイと聞いて途端に緊張した。
やくざが絡んでいたらこいつでは太刀打ちできない。
ことによっては自分もそこに向わなければならないだろう、そう思った。
「それが・・」
「おい、なんだよ、早く言え。そこは大丈夫なのか?危険ならさっさと逃げるんだ!!」
応答のない相手にさらに焦った。
「・・・ち、違うんです。危険なことはなにも。どちらかと言えばハートが飛び交っているというか・・」
(まずい。何かクスリでも打たれたんじゃ・・)
魅録は相手の言葉にますます不安になった。
「お前大丈夫か。まさか、クスリとか・・」
「違いますって!!俺はなんともないんですよ」
心配そうな魅録の声に相手の男は慌てて否定した。
「じゃぁ、なんだってんだよ」
その声にひとまず安心した魅録はまた盗聴機をいじり始めた。
「それが・・。俺今、酒鹿台の公園にいるんですけど」
(酒鹿台の公園って・・・・あぁ、あのだだっ広いトコか・・)
「なにしてんだよ、そんなとこで」
「い、いやぁ、俺のツレが連れてけっていうモンで」
「なんだぁ?お前彼女いたのかよ。なんだよ、紹介しろよぉ」
「だ、ダメですよ!魅録さんなんか紹介したら俺その場でフラれちゃいますよ!!」
本気でいやがる相手にクックックと喉を鳴らして笑う。
「そ、そうだ。俺のことはどうでもいいんですよ!」
「あ?あぁそういやなんか見たって言ってたな」
「実は、俺らがいる少し先に、悠理さんらしき人が・・・」
悠理とも何度も走りに行ったことのある相手だけに見間違えではないだろう。
「悠理が?あいつ何してんだ、そんなとこで」
今日も本当は悠理とツーリングにでも行こうと思っていたのだった。
最近、誘ってもいつもなにか用事があるらしくなかなか行くとは言わない悠理。
昨日も誘ったのだが、出かけるからと妙に嬉しそうに言っていた。
「それが、男と一緒なんですよ。でも、あれはどう見ても悠理さんだし・・」
「悠理が男と?ま、まぁあいつだって男と一緒にいることぐらいあるだろうよ」
何故か動揺してしまっている自分を落ちつけようとタバコに手をやる。
「そりゃそうなんですけどね・・・」
「なんだよ」
「悠理さん、膝枕とかしてやってるんですよ、その男に・・」
言いにくそうに相手の男は言った。
「な、なんだってー!!悠理が膝枕!?」
「はい・・」
まるで怒られたかのように、しょげた声を出す相手。
魅録は悠理が単に『膝枕をしている』と言う事実が信じられないのか、それとも『膝枕をしてやるような相手がいた』ことにショックを受けているのか自分でもよくわからなかった。
「相手の男って、どんなヤツなんだよ・・」
無線越しにでもその声の質が変わった事に気付いたのか、相手はこわごわといった風に答えた。
「背は多分、魅録さんと同じぐらいかそれより少し高くて。・・・髪は短くもなく長くもなくって感じですかね」
「知らないやつか」
「えぇ、多分」
「多分?」
「いや、どっかで見た事がある気がするんですけど、思い出せなくって」
「酒鹿台の公園って言ったよな」
「は、はい」
「今から、俺も行く」
「え!魅録さん来るんですか?」
「心配すんな、お前の彼女を取ったりなんかしないさ。ただ、悠理の相手ってのが気になるんだよっ!」
魅録は無線を切ると上着を羽織った。
(悠理が男と・・?)
時間が経てば経つほど冷静になってくる頭は、自分が今抱えている感情が嫉妬だということをはっきり自覚させる。
「なんで、俺が嫉妬なんか・・クソっ!!」
魅録は煙草の箱を握りつぶすと、バイクのキーを手に部屋を飛び出した。


公園の傍にバイクを止め、中に入る。
広大なその公園のどこに悠理がいるのか。
先程の無線で聞いておかなかった事を魅録は後悔した。
(どこだ、どこにいるんだ!)
闇雲に走りまわる魅録。
自分の心に反し穏やかな天気がしゃくに障る。
周りのカップル達は皆幸せそうで、それがさらに機嫌を悪くさせる。
(悠理もこんな風に男といるってのかよ!)
いつも自分とつるんでいた悠理。
倶楽部のメンバーの中で、誰よりも自分が悠理を理解し近い所にいると思っていた。
(なのに、他の男だと?!)
悠理が自分以外にそんな関係になる可能性のある男。
思い当たるのはただ一人。
(清四郎か・・?)
なにかあると悠理は自分ではなく清四郎に助けを求める。いつも頼るのは清四郎だった。
そして、清四郎も悠理に対してだけは野梨子や可憐とは態度を変える。
清四郎を取り巻く空気が柔らかなものになるのだ。
心のどこかでそれらを感じ、納得のいかない自分に気付いたときはショックだった。
(そう言えば、みんなで出かけようというときも最近あいつ等は出てこなかったな・・)

魅録の中で全ての点が線になった頃、少し高台になっている木の陰にふたりの姿を見つけた。
確かに悠理が男に膝枕をしてやっている。
ふたりより低い位置にいる自分には仰向けに寝ている男の顔までは見えない。
だが、自分には見せたこともないような顔で微笑む悠理が、その男の前髪を掻きあげてやっているのはわかった。
魅録はショックを受けながらも近くの植え込みの陰に身を寄せる。
(前髪?清四郎じゃないのか・・?)
男は本当に寝ている様で身動きをしない。
無線で連絡を受けた時点でもう膝枕をしていたと言うのだから、悠理はずっと一人でああやっているのだろう。
(なんてヤツだ。自分だけさっさと寝やがって)
魅録は腹が立ちながらも、特に怒っている様子もない悠理に隠れて見ていることしか出来なかった。

暫く見ていると不思議なことに気付いた。
悠理が暇を潰す為なのか時々荷物や男に触れるのだが、それがいつも魅録が見ているほう――左手なのだ。
荷物は右側にあるらしく、随分と取りにくそうにしている。
それでも、一向に右手を使う素振りを見せない。
だが、その答えも男がこちらに寝返りを打ったことでわかった。
寝返ると同時に悠理の右手も一緒についてきたのだった。
悠理は微笑みながら、腕が頭にかからない様にしてやっている。
かなり不自然な体制にも『仕方ないな』というように笑みを浮かべただけだった。
そして右手の理由と共にわかった男の正体。
(清四郎・・・・)
やはり相手の男は清四郎だった。
何故か髪型はいつものオールバックではなく、ごく自然に降ろしたままだ。
(悠理の前では自分を作らないってことか・・)
ただ単に寝過ごしてセットしてくる時間がなかっただけだなんて露にも思わない魅録は、その髪型にさえショックを受けた。


どれぐらい時間がたったのだろう、日が傾きかけ肌寒くなってきた頃漸く清四郎の眼が開いた。
それに気付いた悠理は笑いながら何やら話し掛けている。
身体を起こした清四郎は周りの様子と自分の時計を見て慌てている様だ。
おそらく悠理に詫びているのだろう。
それでも穏やかに笑う悠理に清四郎も笑みを見せた。
(清四郎もあんな顔をするのか・・)
はじめて見る清四郎の顔に愕然とした。
こうして離れたところからでもわかるふたりの関係に魅録は自分の入りこむ隙などどこにもないことを思い知らされる。
それでもまだその場を立ち去ることが出来なかった。
清四郎とふたりでいる悠理があまりにも美しく、ショックを受けながらもそれをもう少し見ていたい、その感情がその場から動くことを赦さないでいたのだった。
だが、それもほんの僅かのことだった。
日中が暖かかった所為だろうか薄着だった悠理がくしゃみをした。
鼻をすするのを横で清四郎が心配そうに見ている。
悠理が何事かを言い、清四郎はそれに少し驚いたような顔をすると、両脚を立てるように座りなおした。
悠理は嬉しそうに笑うとその脚の間にちょこんと納まる。
それを清四郎が腕を廻して包み込み、満足げに振り返る悠理に優しく微笑み返していた。

(限界だな・・)
魅録はふたりの姿をこれ以上見ていることが出来なかった。
むしろここまでよく見ていることが出来たと他人事の様に感心する。
力なく歩き出し、バイクへと向う。
(今日は思いっきり走ろう。全てを忘れて明日あいつ等をからかってやろう)
忘れることなど簡単に出来ないことを知りつつも、そう自分に言い聞かせた。
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