「コクタン」
目が覚めた。
だが、身体は起きない。要するに意識は戻ったが、体が完全に目覚めたわけではなかった。
それでも、「珍しい」そう思った。
誰にも起こされずに目が覚めるなんて。思わず口元に笑みが浮かぶ。
悠理は、眼は閉じたまま、ぼんやりとシーツの上に手を這わせた。
何処までも続く心地良い肌触り。
そう何処までも続く・・・。
―――それはいつも通りのベッドの感触。
「・・・清四郎?」
重い瞼を引き上げる。
二、三度瞬きをした後、辺りを見回した。
「清四郎・・・」
その姿は何処にも見えなかった。

いつの間に眠ってしまったのだろう。
眠る直前まで確かに清四郎は傍にいた。
自分がそう望んだからだ。
兄の部屋を出た後、「ずっと一緒にいたい」そう言った自分に清四郎は応えてくれた。
ただ抱きしめてくれて、それに安心して。ずっと起きてその温もりにまどろんでいるつもりだったのに。
「トイレか?」
いくら待っても清四郎は帰ってこなかった。


「・・・あぁ、そうか部屋だな」
だがひとりごちた顔に、安心は見られなかった。
浮かんできた一つの不安を打ち消すように、悠理はベッドを飛び降りると、パジャマのまま勢いよく部屋を飛び出した。
「ごめんっ!」
自分を起こしにきたメイドにぶつかりそうになり、振り向き謝りながら目的地を目指した。
(きっと部屋にいるんだ。もうこんな時間だし、学校あるし)
打ち消しても打ち消しても、どうしようもない不安が胸を締め付けていたが、悠理は走った。
絶対に見つけたら怒ってやろう。
一緒にいるって言ったくせに。あたいを起こしてから行けよ、って。

ノックもなしにドアを開けた。
―――いない。
ベッドルーム・・・もいない。
シャワールームにもいない。
何処にもその温もりは感じられなかった。
「や・・・・嫌だ・・・・」
悠理はまた部屋を飛び出した。
今度は食堂へ向かう。
すれ違うメイド達が挨拶するのにも構わず、走った。

「嬢ちゃま。朝からなんでございますか、そんな息急いて」
「五代!清四郎は?あいつ何処?あいつ約束破ったんだ!」
老体の胸倉を掴み、朝一から唾を飛ばして詰め寄る姿に、見慣れた光景とはいえ周りの使用人達が慌てて止めに入った。
「清四郎様ですか?じいはお見かけしておりませんが」
ケホケホと咳き込みながらも可愛い主人に忠実に応える。
「何言ってんだよ、昨日の夜あたいと一緒に帰ってきただろ」
「確かに。ですが、今日はお見かけしておりませぬぞ。昨夜あれからお帰りになったのでは?」
「んな訳ないだろ!だって、ずっと・・・」
そこまで言って悠理は言葉を切った。
一緒にいたい、清四郎もそう言ってくれた。
その言葉は大事な宝物だ。簡単に人に言いたくはない。
「とにかく早く朝食を。学校に遅れますぞ。清四郎様はきっとお目覚めの悪い嬢ちゃまに愛想を付かして先に行ってしまわれ・・・・」
五代はここぞとばかりに、慌しく過ぎる毎朝の事を苦言を述べようとした。
だが悠理は全く訊いていなかった。
ここにも清四郎がいないとわかると、踵を返しブツブツ小言を続ける五代を無視して食堂をも後にした。

「学校・・・。先に行っちゃった?あたいが起きないから?」
部屋に戻るなり急いで制服に着替えると、そのままの勢いでエントランスまで駆け降りた。
清四郎の姿が見えないだけで、自分でも可笑しくなるほど何かに駆り立てられているように不安になっている。
昨日までは当たり前のことだったそれが、今は苦しくて仕方ない。
怖かった。
こんなにもその存在が自分を占めている事が。
昨日までよりも、想いを伝え合ったあの瞬間よりも、つい五分前よりも、ずっとずっと清四郎を欲している自分がいる。
こんな事で果たして、いざ会えた時平静でいられるのだろうか。
見苦しく取り縋ってしまわないだろうか。
あいつが誰かといたら?誰も近寄るな、そう叫んでしまうのではないだろうか。
怖い。
そんな自分が怖かった。


いつもより、かなり早い時間であるはずなのに準備の整っている専用車に乗り込む。
早く学校へ行きたかった。
早く、清四郎の姿を確かめたかった。
「とにかく、急いで!」

自分が自分でコントロールできない。
胸が苦しかった。
花言葉「暗闇の中」
(写真はリュウキュウコクタンの花)
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